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TPPについて興味深い動画を見つけた


まず謝罪しなければなりません。
最近、まったく更新してません。申し訳ありません;;

小説より、政治や経済の新書だとか、簿記やパソコンの検定教材だとか、エッセイ漫画だとかを読むことが多い最近…。
だめだなぁ><
忙しいからって、趣味までめんどくさいと言い出したら人間として終わってる気がする。


ところで、今いちばん私が関心のある問題はTPP
テレビでは「農業にはデメリットだけど、輸出産業のためにはメリットが大きい!!」「時代の流れだ。取り残される前に入るべき!!」と報道してますが、見る度に腹がたちます。
テレビだけじゃなく、インターネット、新聞、雑誌、本を読んで、みんなで勉強しましょ。





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あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。
(⌒▽⌒)/゜・:*【迎春】*:・゜\(⌒▽⌒)

昨年は、このようなまったく更新する気配のないサイトにお越し下さいまして、誠にありがとうございました。


数ヶ月ほったらかしでおりました間に、記念すべき初コメントをいただいていることに先ほど気がつきました。

こんなサイトに来て駄文を読んでくださった方!
コメントをくださった方!
皆様のおかげで、また更新しようという意欲がわいて参りました。
心からお礼申し上げます。

今年もよろしくお願いいたします。

中禅寺姓(中禅寺秋彦の中禅寺とは…)

京極夏彦氏の「百鬼夜行」シリーズに登場する憑き物落としの拝み屋、その名は中禅寺秋彦。

どうでもいい疑問かもしれませんが、「なぜ中禅寺?」と長年不思議に思っていました。

初めてこのシリーズの第1巻『姑獲鳥の夏』を読んだときから、
「作者が『京極夏彦』で、登場人物に『京極堂』って呼ばれる『秋彦』がいるのかー。この本は『京極堂』が書いた事件録って体裁なのかな…いや、どうも違うらしいな。じゃあ、単に『京極堂』は作者『京極夏彦』の投影なんだな」(←完全に作者の術中にはまっている…)「でも、『中禅寺』はどっからきたんだ?」と。

ふつうなら「本の登場人物の名前なんて作者がテキトーに電話帳でもひいて付けたんだろ」とスルーするところですが、 武蔵晴明社の神主にして陰陽師 なんていう怪しげな家柄と、作者のこだわりの人物(?)らしい設定が「ちょっと待てよ」とささやくんです。
実は何か奥深い由来があるんじゃない?」って。

だって、中禅寺 ですよ。
ざらにある苗字じゃありません。関口君も「御大層な名前だな」と思ってるみたいだし。
苗字の百貨店さまで調べさせてもらったところ、「中善寺」はあっても「中禅寺」はない。架空の苗字の可能性が高いんじゃないでしょうか? 創作して名付けたのかな。

そこで最初の疑問に戻るわけです。「なぜ、創作してまでわざわざそんな苗字を?

調べてみよう。
手っ取り早く、手元の電子辞書「広辞苑」を【中禅寺】で引いてみます。

【中禅寺】栃木県日光市にある天台宗の寺
【中禅寺湖】栃木県北西部日光山中、男体山の南麓にある湖

………意味不明。
武蔵とも晴明社とも陰陽師ともつながりません。まあ、天台宗だから密教です。山岳修行の道場みたいですから、山伏とか…陰陽道とまったく関係ないこともない?かな?

次に、グーグル先生に聞いてみます。
ウィキペディアによると長野県上田市にも真言宗の【中禅寺】が、茨城県筑波山にも真言宗の大御堂(これも【中禅寺】らしい)があることが判明。

………だから?

埒があかないので、こんどは【晴明神社】でググる。
当然ながら、トップに躍り出てくるのは京都一条通りの晴明神社です。
公式サイトはスルーして、またもや、どこまで信用なるのかわからないウィキペディアをひらきます。
それによると、晴明神社は、安倍晴明を祀っており、全国各地に同名の神社があるそうな。

………全国各地ねぇ。
中禅寺秋彦が宮司をつとめる「武蔵晴明社」もそのひとつ、って設定ですかね。

ここでふと思いました。
【中禅寺】のある地に【晴明神社】があるんじゃないの?

さっそくググる。
【晴明神社】【栃木】とか【日光】とかの組み合わせではピンとくるものはなし。
【晴明神社】【長野】では、なんと木曽山中に安倍晴明の墓や晴明神社があることが判明!
 ……が、どうも例の上田市の【中禅寺】とは離れすぎているし、いまいち信憑性が(-_-;ウーン

とりあえず、次の【晴明神社】&【茨城県】でググってみると………

w( ̄△ ̄;)wおおっ!!!!!

茨城県にある晴明神社そのものの情報より先に、
「安倍晴明の出生地は常陸国(茨城県)だ!」「安倍晴明は実は平将門の子、平将国だ!」って説がドドーンと出てきました。びっくり。

晴明といえば、摂津国阿倍野(現大阪市阿倍野区)に生れたとか、母親は和泉(現大阪府和泉市)の信太森の狐だとかいう話は聞いたことがあるんですが、異説も多々あるらしい。
(ちなみに、もうひとつ有力な讃岐国井原の庄(現香川県高松市香南町由佐)という説にもびっくり。管理人はここ出身。晴明が生まれた所っていう「かむろさん(冠纓神社)」の氏子なのに、なーんにも知らなかった。)

そこで、またまたウィキペディアで安倍晴明を調べてみると、
………ありますね、「安倍晴明=平将国」説。
そして、リンクから平将国に飛んでみると、彼は信田(しだ)氏の始祖だとか書いてあります。

………信田? 「しだ」って読むんだ。茨城県の信田氏ねぇ。何かひっかかる。
と考えて、思い出しました。先に紹介させていただいた苗字の百貨店さまのエッセイ集にある「「信太(しだ)は珍姓か?」という記事を。これによると、「信太」という苗字は茨城県の地名に由来するんだそうです。「信田」と「信太」で字は違いますが、読みは同じ。「信田」と「信太」は元をたどれば同じだったりして。

とか、思っていたら面白いサイトがありました。
「闇の日本史」さま http://dhistory.hp.infoseek.co.jp/dhistory.htm

以下、引用させていただきました。

「それ聞く、かの将門は、昔の天国押撥御字天皇五代の苗裔、三世高望王の孫なり。その父は陸奥鎮守府将軍平朝臣良持なり。舎弟の下総介平良兼朝臣は将門の伯父なり。しかるに良兼、去る延長九年(931)をもて、いささか「女論」によりて、舅甥の中すでに相違う。」
こんな書き出しで始まるのは、御存じ「将門記(しょうもんき)」である。


~中略~

「闇の日本史」は、「安倍晴明は平将門の子供ではないかと疑っている」

~中略~

良兼が出陣して行く場面の一部に、こんな記述が見られる。
「所々のその渡より常陸国の信太(しだ)軍の奇前(えさき<「奇」は実際には草冠があるがコードになり>)の津に着きぬ。その明日を以て、同国の水守の営所に着けり。」

「恋しくば尋ねきてみん和泉なる
  信太の森の うらみ葛の葉」
安倍晴明を調べた事がある方なら、始めに知る事になる有名な詠である。もうお分かりであろう。常陸には「信太」という場所があるのだ。だが「信太」は「シノダ」ではなく「シダ」とよばれていたが。前述の「エサキ」は榎浦津の事で、現在の霞ケ浦は古名を「信太浦」という。その西南地区を「信太郡」と呼んでいたのだ。
さらに驚くべき事に稲敷郡八代村の古名は「和泉」で、現在の稲敷郡は前述の「信太郡」なのである。前回HPで「桔梗」を取り上げた際に出てきた「藤代」「取手」は稲敷郡のすぐ南にあたり、将門の母は取手を支配していた犬養春枝の娘なのである。

「闇の日本史」さま 安倍晴明陰陽師ツアー「茨城県明野」参照 http://dhistory.hp.infoseek.co.jp/sei_0wd.htm


有力な新説とみるか、牽強付会な俗説とみるかはともかく、すごく面白いなーと思います。


「信太」という土地は肝心の「筑波山の【中禅寺】」とは離れているんですが、なんと茨城県の猫島という土地に【晴明神社】があります。やっぱりあったんですね、【晴明神社】! この神社のある猫島が安倍晴明の出生地だと謳っているようです。上記のもろもろを読むと、この説にも説得力がありますね…。
そしてこの猫島は、まさに筑波山の麓!!!

ε=( ̄。 ̄;)フゥ
長かった。ようやく【中禅寺】と【晴明神社】がつながりました。
(単に 茨城県筑波山の大御堂【中禅寺】と茨城県猫島の【晴明神社】が近い位置にある ってだけだけど;)

なんの根拠もなく、ネットサーフィンのみでテキトーに調べた結果ですが、安倍晴明にゆかりがあるという言い伝えをもつ氏族が筑波山大御堂【中禅寺】が見える土地に住んでいて、「中禅寺姓」を名乗っていたという妄想もしやすくなりましたねヽ( ̄▽ ̄)ノ 

安倍晴明にゆかりがあるといえば、れっきとした安倍晴明の子孫「土御門家」「倉橋家」がありました。
どちらも嫡流は途絶えていますが、傍流やら庶流やら女系やらをたどっていけば晴明の子孫の1人や2人や100人や200人はいそうな感じです。

安倍晴明の子孫を名乗る家系が、安倍晴明の出生地とされる猫島にいたっていいじゃん、ということにしましょう。


以下、さらに妄想全開で『中禪寺家由緒書』(笑)を捏造してみました。


「常陸の国真壁猫島と云う所に大膳大夫益材の子天文博士安倍晴明之生地有り」
~中略~
「平小次郎将門の子将国の裔小太郎文国の子を信田■■と称す。建久■年に信太に生れ、後に猫島に移る」
~中略~
「家紋は桔梗なり」
~中略~
「室は安倍上野介成親の家人安倍◇◇郎○○の女なり」
~中略~
「中禅寺氏は其の先は信田姓、始祖は平将国なり。将国の■代の裔□□は常陸国真壁猫島に住み中禅寺姓を名乗りしが~判読不能により中略~ 中禅寺◇■□の子■□は◇◇■年、~判読不能により中略~ ◆◇の戦いで果てにけり。その子、■太郎●●は ~判読不能により中略~ 武蔵国に渡り、武蔵国江古田◆◆荘を賜り、◆◆に屋敷を ~以下略~」 
『中禅寺家由緒書』より抜粋


「◆◆之内に勧請仕る武蔵晴明社は、安部晴明の裔代代神主にて候」
『武蔵晴明社縁起』より抜粋




アハハハハハ(;´▽`A``

100%捏造、プチ二次創作です。笑って華麗にスルーしてください。
怒らないでくださいね?



補足

茨城県にもう一カ所、安倍晴明の出生地とされている所があった!
吉生という土地だそうです。これが、またまた筑波山の麓
しかも、猫島よりももっと大御堂に近い。

以下、引用。

※石岡市吉生
 個人所有の林の中に「晴明稲荷」が建つ。ご神体は、「竜の髭」という。その裏には木の根元から水が湧き出す「随心水」という井戸跡がある。
 なお、吉生の地名は、晴明の子である安倍吉生にちなむとされる説がある(異説あり)。

「つくば新聞」より

このサイトを読ませていただくと、猫島にあるのも、晴明神社というより民家の中にある「晴明稲荷」のようですね。

猫島と吉生、どちらの土地にしてもこのあたりに暮らしているなら筑波山神社の氏子だった可能性がある…かな?
筑波山神社は安倍晴明の時代以後くらいからは神仏習合で知足院中禅寺(今の大御堂)と一体になってた…かも

以上、牽強付会かつ荒唐無稽な中禅寺姓の由来調査結果でしたー。


↓ご意見、ご感想、ご批判等ありましたら拍手コメントで!

あけましておめでとうございます


あけましておめでとうございます…。

……遅っ!

「君は正月は旧で祝うのか。ははあ、新旧両方祝うのか。そりゃ大変だ」(by黒衣の男「鉄鼠の檻」)とかいう嫌味な台詞が頭の中でリフレインしています。

中国は春節で、まさに今ごろがお正月ですがねー。


私は、今年(もちろん太陽暦の正月)に入ってからやっとニートからフリーターに進化しました。
久しぶりのバイトです。
結構疲れますが、稼ぐ喜びはあります。

これで着る物が買える…!!
服ではなくて「着る物」
靴下とかランジェリーとか…必需品&消耗品の衣類がやばいんですわ。穴あいてないのの方が数が少ない(笑)
この笑うしかない状況からようやく脱出できます。

それに就職説明会やら何やらにも行き始めました。
就活用に眼鏡や化粧品を新調したり、歯医者に行ったり、冬眠から復活した熊のごとくのそのそ活動しはじめております。

というわけで、大変忙しくなってきていますが、時間ができたら、またレビューをUPします。
今年もよろしくお願いいたします。

二次創作めぐり

ときどき、無性に「十二国記」(小野不由美)の続きを読みたくなります。
……ええ、分かっていますとも。ファンなら黙って待つべきだと。
でも新しい「十二国記」が読みたいんだーーーー!!

そういうときは、ネット状にあふれる二次創作に走ってしまうのです。
せめて、「十二国記」もどきでも読まなければ、この渇きは癒せないっ!
と、延々と二次創作の良作を求めてネットの海を彷徨うことになります。
これが難しい。「十二国記」の二次創作サイトは腐るほど(ほんっとーに腐るほど!)あるのですが、良作となると限られます。それも自分の好みの作品となると尚更難しい。

というわけで、一日中パソコンの前にいるにもかかわらず、ブログの更新そっちのけで二次創作サイトをめぐっております。何やってんだか自分…。

あ、でも今日は郵便局まで行ったなぁ。年賀状を買いに…。
そして、ただいまの体温「37.2」
………何でたかが1キロ先の郵便局に行っただけで。(遠い目)
まだ当分、パソコンの前でぼけっとする長期休暇が続きそうです。

閑話休題それはともかく

「十二国記」の二次創作をめぐっていると、自分の妄想も広がっていきます。
しかし、致命的に創造力とか構成力とかが足りないので二次創作なんてできません。
著作権がどうの、良識がどうのという批判に対するだけのポリシーもありませんし。
楽しませてくれるサイトさんたちに感謝しながら読むのみです。

でも、語りたくなるときというのはある。

ブログって便利ですね! 
このまえと言ってることが違う? 気のせいだって!)

まず、大きな声では言えませんが、泰王驍宗が大嫌いだー。(小声)
この人、泰麒の主ですからあまり悪く言いたくないんですがね。
それにしても、嫌いだ。
いつまで行方不明&生死不明でいるつもりだ? いつまで待たせる? いい加減、泰のその後を知らせてくれ!…おっと、違った。これは多分、驍宗さまの責任じゃないね。
失礼。
「十二国記」への不満はなんでもかんでも驍宗さまのせいにしたくなるくらい気にくわないキャラなんですわ。
だって、この方、傲慢にもほどがあるってくらい傲慢じゃありません?
王になっての第一声が、泰麒への「おまえは小さいのに見る目がある」ですよ。すげぇ自信だな。
「轍囲の盾」の逸話にしてもそうですよ。軍人でしょ? 軍人は自分の判断で動かずに統帥権を持つ人の命令に従ってこそ軍人でしょ? というか、自分の判断で動いちゃダメだろ! それがイヤなら統帥権を持つ人=王に諫言しろよ。出来ないなら反乱軍に加わるくらいの心意気を見せろよ。王に背いて民は殺さず、かといって困窮する民の悩みを解決することもせずどっちにもいい顔をして見せた軍人ってどうよ…。その上、この人はまだ先王が玉座にいるころから王が倒れた後のことを考えていたんですよ。要するに、自分が王になる準備を整えていたんですよ。禁軍の将軍という王の側近中の側近の位置にいながらですよ? 王の側近の官吏として国の行く末と憂えるというなら王に諫言すべきだし、王に道を誤らせた責任をとるべきでしょう。それを諦めて、一介の軍人に徹するというのなら、黙々と命令に従う軍人の方が健全だよ。この人がやったのは謀反人のやることじゃん。
そして昇山して天命がないとなると速攻で祖国を捨てようとしたんだっけね、驍宗は(もはや呼び捨て)
たしかに、非凡な人だとは思うんですがね。王に向いているとも思うんですがね。頭もよいし強いし悪い人じゃないし。
でもねぇ。
身近に敵を作っておいてそれを迎え撃つ器量もなかったことといい、麒麟を自分の半身というより民意を測る道具として見ていることといい…なんというか気に入らん。
「天」と天に選ばれた自分を信じすぎ…?
この人は惜しくも死んで、新しい主を泰麒が見つける…って展開はさすがにないですよね。あったらいいのに。
まあ、多分、陽子や祥瓊を凌ぐ苦難と試練を乗り越えて(ついでに、もしかしたら楽俊にめぐりあって諭されて )いろいろ反省してから泰麒のいい主として返り咲くという展開でしょうかね。

…ここまで読んだあなたはよほどお暇なのでしょうか。
当ブログが暇つぶしの役に立てば幸いですが。
ご静聴ありがとうございました。

ああ。長い駄文だった。



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